
これまで一貫して韓国社会の負の部分を正面から見つめてきたイ・チャンドン監督。今回初めて老人を主人公に据え、人間の中の清と濁を今まで以上に複雑に交差させた、緻密にして陰影深い物語を織り上げた。悠然と流れる川の映像で始まり、また幕を閉じて、巡り続ける生命の営みと、人が起こし得るささやかで尊い奇跡をも暗示する本作は、力強く繊細で、まさに名匠イ・チャンドンが到達した最高傑作といえる。

遠く釜山で働く娘の代わりに中学生の孫息子を育てている初老の女性ミジャ。たまたま通りがかりに詩作教室を見つけ、詩を書いてみたいと思い立つ。だが、花鳥風月を眺めては美しい言葉を探す穏やかな日々に飛び込んできたのは、あまりにも厳しい現実。自分がアルツハイマーの初期症状にあること。孫息子が、少し前に自殺した少女アグネスの事件にかかわっていたこと。信じがたい事実を前に、ミジャはたった一人絶望の中で必死に目を懲らしていく。
これは彼女が言葉を失っていく恐怖にさらされつつ、消えていったアグネスの心に寄り添いながら、一編の「詩」に辿り着くまでの魂の旅路だ。